「WSDの不思議」

「WSD」とは「Wedge Shaped Defect」の略で、日本語では「楔(くさび)状欠損」と言われています。
文字通り「楔を打ち込んだように」鋭角的に欠けているのが特徴です。

なるべく公平に書きますと、従来から言われ、定説と言われている「歯磨きを乱暴に横磨きしたことが原因」とする説に加え、
近年欧米を中心に「噛み合わせで余計な負担がかかり、応力で歯と根っこの間に亀裂が生じ、
そこから楔状に欠けていく」という新しい学説も台頭してきております。

論じる前に明らかにしておきたいことは、僕はWSDを「明らかな楔を打ち込んだような鋭角的な欠損」に
限定したいということです。

確かに歯磨きで、粒子の粗い歯磨き粉を使い、乱暴に横磨きをしても「磨耗による欠損」は生じるかも知れません。
ただ、その際は底面が平らで、かつ浅く、ボックス形態、もしくは皿状の欠損形態になるだろうと思っていることです。
そしてそういう欠損に対し「WSD(楔状欠損)」というのは妥当ではなかろうと釘をさしておきます。


以下、スクロールすると
「抜去した歯」の写真が現われます。

「ナマの抜いた歯」を見たくない人は
スクロールしないで下さい。



なお、歯は患者さんの臓器ではありますが、抜いた際
「これはあなたの歯です。所有権はあなたのものですが、持ち帰りますか?」とお尋ねし、
こちらで頂いても構わないかどうか必ず確認をしております。
また歯に個人を特定できる特徴はなく、元の持ち主の特定ができないため肖像権等はないものと考え
掲示させていただきます。

また、一般的に、症例などのカタチで「歯や歯ぐき、レントゲン写真」は概して歯科医院の
ホームページ等でよく目にしますので、「根っこまで含めた抜去歯牙」を掲載することは
法的に問題のないことと考えます。

(万が一、法律に明るい方で「このようなカタチで歯の写真をホームページ上に公開することは
法に抵触する可能性がある・もしくは倫理上問題がある」と思われた場合はご一報下さい。
面倒なことは避けたいので即時に当ページを閉鎖いたします)


画像には「トリミング」と「画素数落とし」以外の操作は一切行っておりません。























もうちょっと下です。




























最近は20何インチという大画面の液晶モニターも登場していますので、もうちょっと下に載せますね。

































上はどちらも患者さんから頂いた歯です。
それぞれ別の人のものです。
どちらも上顎で、左が「小臼歯」(一番まん中の前歯から数えて4・5番目の歯)、
右が「側切歯」(一番まん中の隣の歯)です。

右に示すのが、「典型的なWSD(楔状欠損)の歯」です。
極めて鋭角的に歯が「歯の頭の部分(本来口の中に出ている部分)と歯の根っこ
(本来骨に埋まっている部分)の境目」で鋭角的にえぐれているのが判ります。

極端な場合はこのように、開口部の幅よりも深さの方が「長い」のが特徴です。
もちろんこれは極端なケースですが、もっと症状が軽い場合でも
「鋭角的に切れ込んで欠けている」のが特徴です。

左に示したのは、あまり鋭角的に切れ込んでいない境目の欠損です。
これは底面が平坦で、開口部の幅よりも深さがないのが右の歯との相違です。


左右両者の違いは誰の目にも明らかだと思います。
従来はどちらも「WSD」として一緒くたに扱われておりましたが・・・

もしかしたら、左の歯は「歯磨きの乱暴な横磨き」によるものかも知れませんが、
まあ左右両者ともここでは原因は不明としておきましょう。

そうそう、近年、「歯と根っこの境の欠損」には色々な形態があり、原因も
様々考えられることから、WSDという呼び方はやめて
NCL(Noncaries Cervical Lesion)という呼び方にしましょうという提唱も
あります。
日本語で判りやすく言えば「虫歯によらない、歯と根っこの境目の、損傷」とでも
訳せましょうか?・・・
WSDよりは「原因が虫歯以外の様々であること」を暗に示唆していますので、マイルドな
表現と言えましょう。


さて、右の歯の欠損部分の正面強拡大写真を見ていただきましょう。



非常に興味深いことが色々とわかります。
中央にやや変色した部分が見られます。
これは「本来歯の神経が通っていた箇所」です。

そして、その部分は閉鎖されています。
歯は徐々に欠損が進むと中の神経の入っている部分が徐々に狭くなって
ついには「二次象牙質」というものに置き換わってしまうのです。

このことから、この欠損は「歯を抜いた後に人工的に欠損を作り出したものではない」
ということが証明できます。
もちろん、歯を抜く前に、非常に長期間に渡り人工的に歯を削って徐々に
欠損を大きくしていった場合もこのようなことは起こるかも知れませんが、
そのような七面倒臭くて、しかも合理的じゃないことに同意する患者さんは
いないものと思われます。

次に面白いのは、この欠損が「横一直線になっていない」ということです。
弧状になっているんですね。
底面が画面上右上がりになっているのが判ると思います。


別の角度から見た写真をもう一枚掲示します。



変な表現かも知れませんが、本当に惚れ惚れするくらい「見事なWSD」であることが
判ると思います。
本当にスッパリと木に斧を打ち込んだような形態でありながら、面が完全に平らではなく
微妙に波打っているのがお分かりだと思います。

さらに、これはここまで強拡大して気付いたことなんですが、「大きな欠損の下に
微細なWSD状の欠損」がいくつかご覧いただけるのがわかると思います。
その周囲には「焚いたご飯が古くなった時のようなヒビ割れ」が数条見えるのも
確認できますね。


ここでは「原因論」には触れません。
究極のWSDを提示するだけに留めておきます。

ただ、以下は私見ですが・・・この欠損を歯ブラシと歯磨き粉で作り出すことが
できるなら、それは神業に近いことではないかと(あくまで個人的に)考えます。

っていうか、仮に人工的にもこのような3D的に微妙なカーブを描いた欠損を作り出すのは
ほとんど不可能だと思うんですけどね・・・